2011年3月7日月曜日

旅行中断のお知らせ

当初の計画では今日が旅行二日目という予定でしたが、やむをえない事情があり、

昨晩の事件でその後の行程が中止となったことを報告しておきます。

昨日の移動予定としては、東京駅を朝七時に出発し、

その日の晩に静岡県三島市で宿泊することになっていました。

そのために自転車で主に国道1号線を走行し、

最後に小田原から三島まで箱根越えをする予定でした。


旅行自体は三人で行うのですが、今回の趣旨は

「路線バスだけで東京大阪間を移動する」ことにあり、

あくまで自分は他の二人の伴走という形を予定していました。


まずは昨日の復習から。

出発から順調に西へ進み、川崎で朝食を摂り、

主要駅間を結ぶバスを乗り継いでいたが、

藤沢の前後で国道1号線の渋滞が発生し、

バス組は予定していた時刻から徐々に遅れを積み重ねる。

連絡で当初予定していたルートでの箱根越えは無理だと聞いていたので、

列車で迂回するなら自分も輪行で同乗しようと考えていた。

自分は小田原まで先行し、バスの到着を待ちつつストレッチをして、

明日に疲れを残さないようにしていました。

ところが、どうやら予定のバスに乗ることができそうだと連絡を受け、

それならこちらも予定通りに行こうかと考え始める。

走行中に必要な荷物以外は、バスで移動する二人に運んでもらっていたが、

山岳区間ということもあり、さらに軽量化を図ってバックパックの重量を更に抑え、

日没の迫った17時過ぎに小田原駅を出発した。

距離にしておよそ35kmの移動だが、問題は勾配。

標高も最高地点で800mを越えるので気温も心配ではあった。

正直、登ってしまえば暗くなっても大丈夫だろうと楽観的に考えていたが、

そもそも観光地のエリアは道を照らす街頭が常に点いており、

前照灯は必要ないほどだった。

それでも、特に登りは自動車とのスピードに大きく差があるので、後尾灯を三つ光らせ、

前にも点灯するものと点滅するものを二つ装備して挑んだ。

そのうち日が暮れ、標高が上がるにつれて気温は下がるわけだが、

標高400を越えた辺りから道端に残雪が見られるようになる。

木も生い茂っていて、崖や谷が多いので、日差しを直接受けにくいのかと思うが、

久しぶりに雪を見た気がした。

途中で友人二人の乗ったバスに抜かれても、自分のペースを維持することだけを考えて

ひたすらインナーローで回しつづけた。

もう終わりだろう、もう終わると思って暗示をかけながら淡々と登るにも関わらず、

いつまでも坂が途絶えない。

なるべくノンストップで行くつもりだったが、寒さと疲労で肩凝りが激しくなり、

激しい肩の痛みに耐えきれず、後日の日程に影響してもいけないので何度か休憩をした。



沿道の施設も少なくなり、残雪が多くなってきた頃、

反対方向から一台の自転車が来た。

中年の男性が、なんとクロスバイクで峠を越えてきたのだ。

男性「お疲れさまです!」

「あ、お疲れさまです!」

「一番高いところまであと、えーと(サイコンを操作して)3kmぐらいです!
頑張ってください!」

「ありがとうございます!頑張ります!」

車道の車もまばらで、ただ自分と向き合っていた時、不意に元気を頂いた。

ただまずかったと思ったのは、時速8km程度で走っている自分は、

少なくとも20分以上漕がなくては峠越えることができないという事実を

瞬時に計算してしまったことだろうか。

車道の脇に用意された、少し高くなっている歩道には足跡がまばらに残っている。

新雪が降ることもなく路面が長い間氷点下を保っていることを物語る。

そこから国道1号線最高地点までは特に記憶していることもなく、

沿道も通りすぎる車もあまり印象的なものはなかった。

最高地点にはその事を示す標識が掲げられていたが、

携帯電話を取り出すのも億劫でなほど困憊していたので、

そのまま下りへと突入した。

少し下ったところに自動販売機があり、

そこでカフェオレとミルクティを飲み干した。

峠を越えたことをホテルに先着した友人に連絡した後、

ダウンヒルの冷え込みを覚悟して自転車に跨がる。

途中街灯のない区間が少しあり、空の明かりと前照灯、車のライトを頼りに恐る恐る進む。

久しぶりの信号が見えた辺りで、道路を清掃する車両を追い越した。

この時、時刻はおよそ午後8時。

下るだけだとわかっていたので、市街地につくまでは集中力と操作能力を維持するため、

また最高地点付近で部分的に路面が凍結していたので、その可能性や砂利などを心配し、

下りの時速は15kmを越えない程度を維持し、ひたすら寒さに耐えた。

箱根新道と合流し、交通量もそこそこあったので白線の外側を走るよう心がけ、

安定したラインでドライバーへの負担をなるべく減らすいつも通りの心がけで

宿のある三島を目指した。

しかし、新道と合流してそう長い距離をいかない右カーブを最後に、

箱根の山を下りきることができなくなってしまった。

交通事故にあったのだ。

大きな音と共に写る景色が大胆に変化し、

脳は急な視覚情報を捌ききることができなかったらしい。

自転車にまたがった状態でガードレールの外に着地し、

視界には、さっきまで自分の走っていた車道と、

路肩に寄せた一台の車が見えていた。

痛いとか憤りとかを感じる前に、「体が動かない」ことを考えた。

右半身を地面につけ、足でフレームを挟んでいた。

今思い出しながら、シャカリキの一シーンを思い出したが、

別に自転車にしがみついていたわけでもなく、

飛んでいく途中までクリートが外れなかったせいではないかと思う。

自分で起き上がることはできず、駆けつけた中年の運転手に自転車をどけてもらわないと

自力ではどうしようもなく「動かなかった」。

右腕は腫れ、左太ももは強打しているらしく、足を引きずりながら加害者の車へ向かった。

加害者が警察へ通報し、20分程待って警察車両が到着。

調書を作成しながら、救急車で輸送する必要性があると判断された。

やがて救急車が到着し、症状などを調べ、現場は加害者と警察に任せて病院へと向かった。

痛みのあった右腕と両足をレントゲンで複数枚撮影したが、

異常は見られず全治2週間の打撲と診断された。

診察が終わった頃には0時を過ぎていた。


つづく

1 件のコメント:

  1. 死ななくて良かった。ほんとにね。
    下手すりゃ天に召されてたろ。

    今後の補償問題を含む事後処理について、落ち着いたら聞かせて下さいな。

    バス旅行の方は秋に再挑戦することになるのかな。その時は3人ともバス移動すべきだろうね。
    沿路の写真は下見も兼ねて、事前に撮りに行けばいい。そのほうが余裕もあって、バス旅も更に楽しめるようになっていいだろう。

    追伸(重要)
    自分のことですが、1月にかかったインフルエンザとは別の型のインフルエンザウイルスに感染していた疑いが強いらしいので、捻挫以外の体の不調を感じたらすぐに病院に行ってくださいな。
    タミフルを予防的に服用していたので、たぶん大丈夫だと思うけれども、ひょっとしたら日本橋あたりでうつしているかもしれないです。
    申し訳ないけれど、その点をどうか頭に入れておいてください。迷惑をかけます。

    返信削除